平成15年(2003)11月23日
ドイツ兵遊歩道ウォーキング に参加して
主催 北灘自治振興会
板東自治振興会
共催 ドイツ館友の会
第一次世界大戦時の。坂東捕虜収容所のドイツ兵は、山野の散策を好み、海を見るために阿讃山脈の星越峠、笠木峠を越えて、櫛木、粟田の海岸まで来たそうです。
私のばあちゃん、1900年生まれですが、ドイツ語が喋れていました。アイン、ツバイ、ドライ、だけだったと思いますが。生きてるうちにもっと話を聞いていたらと今になって思います。
で、北灘、板東地区の交流事業として、ドイツ兵の歩いた山道を歩く、ドイツ兵遊歩道ウォーキングに参加してきました。
計画してくださった皆様、お弁当を作ってくださった漁協婦人部の皆様、お世話になりありがとうございました。
10:00葛城神社集合、〜双子(ニゴ)谷入り口で坂東地区の方と合流、
「中谷の植物について」木下覚先生の講義を聞かせていただき、ハチガマルを越えて、猟師の墓までの市民の森つくりを討議して解散でした。
出発して中腹、2000年、12月11日の山火事で焼けた山越しに小豆島とずっと向こうの対岸、赤穂だろうか、見える。

紫式部がいっぱい。
木下先生の説明
「あおてんなんしょう」、さといもの仲間らしい。
なんだろか。忘れた。
帰路。
山を越えて、この海が見えたとき、かつてのドイツ兵はなにを思ったのだろうか。
計画してくださった皆様、お弁当を作ってくださった漁協婦人部の皆様、お世話になりありがとうございました。